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2007年7月14日 (土曜日)

OH!マイ80’s ~ヤマハエレクトーン教室~

前回のブログにも書いたけれど、Img_index_els01cドリーは小5から高3までエレクトーンを習っていた。
Img_index_els01_1 (写真は最新機種STAGEA【ステージア】)
子どもの頃貧しくて習い事ができなかった母が娘に夢を託す・・・まぁよくある話です。
先週、尾野カオルさんのライブイベントに行ったのをきっかけに、その頃の記憶がだんだんよみがえって来た。

ドリーが通っていたヤマハのエレクトーン教室には
検定試験があり、教室に通う子はそこを避けては通れなかった。必然的に、指導はこの検定対策をメインに進められていく。
今のことはよく知らないけど当時、「ある程度弾ける」と判断する基準が、6級だった。
このくらいになると、初心者に教えたり、演奏者として結婚式場などでアルバイトするチャンスがあった。(もちろん、“級”はあくまで目安だけど)
ドリーは母と、この6級を取るまで続ける、と約束させられていた。

一方、
自分を客観的に見られる子どもだったドリー。自分にはあんまり才能が無いことにも早くから気付いていた。
あくまで趣味として気楽にやりたかったドリーは、“検定に受かる”ためのレッスンに違和感を感じ、いつしか苦痛でしかなくなっていた。
だけど中2のとき、運命の出会いが。

塾の都合でエレクトーンの曜日が異動、個人レッスンに切り替わった。
ここで出会ったのが、ちょっと天然ボケのO先生

練習曲を自信なさげに弾くドリーを見て先生は、どんな曲がやりたい?と聞いた。
当時はフュージョン・ブームだったからTHE SQUARE【ザ・スクエア】(今のT-SQUARE)やCASIOPEA【カシオペア】なんかを弾いてみたいと言うと、すぐに楽譜を持ってきてくれた。
家に帰って、夢中で譜面を追った。普段聴いている音楽を自分で演奏するのって、なんともいえない気分だった。
ここで初めてドリーは「弾く楽しさ」を味わい、以前より前向きに練習するようになった。

稚拙だったけど作曲もするようになり、小さいコンテストで小さ~い賞をもらったことも(照)。

そんなO先生のお陰で、ドリーはなんとか6級に合格。

5級からレッスン内容は格段に難しくなる。
それにピアノと違い、エレクトーンは言ってみれば電化製品。どんどん新機種が発表され、腕が上がればそれ相応のスペックが欲しくなるのが当たり前。
ドリーは幼稚園の頃買い与えられたエレクトーンを既に10
年以上使っていたから、時代遅れもいいところだった。よくあんなショボい機種で発表会や検定試験を乗り切ったと思う。
(↓Pic_pr70_ph1こちらドリーが使用していたと思われる70年代モデル)


老朽化が激しかったけれど、買い替えるといっても満足のいく機能を備えているものは当時でも100万円近かった。さすがにこれは母も計算外だったみたい。
ちょうどその頃O先生が寿退職し、当初の目標も達成できたからということで、高3でめでたく“卒業”することになった。

エレクトーンには本当に苦労したけれど、嫌いだったわけじゃなかった。

もし将来チャンスがあったら、また弾いてみたいなー。

[関連サイト] 
エレクトーンステーション(YAMAHA)

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